切り詰めた生活
前回の続き
余分なエネルギーを使ってまで生物が
ジャンクDNAを維持してきたのは、
環境の変化に適応するのに役立ちそうな遺伝子を
蓄えておくためだろうと考えられてきた。
SAR11はその備えを思い切って捨て、身軽になったとみられる。
たとえていえば燃費のよい軽乗用車で、
これに比べると
ヒトのゲノムはボートを乗せたトレーラーを引っ張る大型車だ。
資源の少ない環境で多数の個体が繁殖していくために
進化の過程でとられた“省エネ対策”が、ゲノムの削減だったのだろう。
1990年に発見されたSAR11は、
地球上で最も数の多いバクテリアだと考えられている
(推定約1028個)。
世界中の海に生息し、ほとんどあらゆる水深に存在する。
この微生物の重さをすべて合計すると、
世界中の海に生息する魚の重さを上回る。
SAR11は塩水に溶けている有機物(生物の死骸)を食べている。
いわば「とても薄いコンソメスープ」だ。
炭素はどこでも手に入るので、
SAR11は飢えや過食に対応するための
生合成経路や代謝系を発達させる必要がなかった。
SAR11に最小限のゲノムしかないのは、
その倹約的な生活スタイルに関係がある。
次世代のために
複製しなければならないDNA配列が短いほど、
負担が軽くすむわけだ。
月刊誌「日経サイエンス」から